一汁一菜でよいという実践

信州のめぐる四季のなかで食と食まわりを坦々と記録する日々。余裕のない日は一汁一菜以下、そうでない日はそれなりに。

家庭料理は外食より優れているのか

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写真:映画『花様年華』のDVD。来世はマギー・チャンに生まれたいと憧れるほど目を奪われました。選曲もすてき。このころの風俗、モードに心惹かれます。

 

 

 

実業家の堀江貴文さんが「外食ばかりはよくない」という考えへの反論を書いて話題になっていましたね。

 

 

食事は大事といっても、食事だけで健康/不健康が決まるわけではない……いい大人ならば、好きに食べればいいではないですか、とわたしは考えています。

 

 

外食といえば、東南アジアでは毎食外食がふつうのエリアも少なくないようです。

 

わたしの好きな香港映画『花様年華』でも、登場人物が近所の屋台でちまきやスープを買ってくる様子が描かれています。

 

1960年代の香港は家がとにかく足りなくて、所帯を持っていても間借りがふつうだったみたいですね。

主演のトニー・レオンマギー・チャンも、それぞれ配偶者がいるのですが、どちらも大家さんの家の一部屋を間借りしていました。

 

大家さんちには台所があって、そこでたまに料理もしていることがうかがえるシーンもありました。

 

 

イタリアやスペインのバールのように、朝・昼・晩を済ますことができるお店なら、その1軒さえあれば「すべて外食」もじゅうぶん成立します。

 

 

話がややこしくなるので「自炊」「家庭料理」に分けて話をしますね。

 

 

自炊は、食材・道具の管理、段取りも含めて連続性で成り立つものなので、ひとり暮らしで外出や外食の機会が多いと難しいというのはよく言われることです。

わたしも学生時代、自炊はかなり適当でした。

結局パスタとか、激安オージービーフを焼くだけとか、安直な方向に流れることが多かったですよ。

 

 

自炊が外食より優れているとは思わないけれど、
自炊ができると外食もおもしろくなるよ、とは思います。

 

これはあくまでわたしの実感に基づいた話ですが、
日常的に自炊していると、外食したときも楽しみが広がります。

 

器や盛り付けに「サラダはこういうふうに高く盛るとおいしそうだな」とか「器の余白って大事だな」といちいち発見があります。

 

食べてみれば、どういう調理法や味付けをしているのか、ある程度ひも解いていくことができます。

 

そういった体験を、自炊にフィードバックしていく楽しみもあります。

 

逆に、この値段でこのレベルのものしか出せないということは、あんまりやる気がないのかな? と目が厳しくなってしまうデメリットもありますが……。

 

飲食店の「原価」「人件費」「場所代」「心意気」なども何となく感じられるようになります。

 

日常的に買い物をしていれば食材の値段はだいたいわかりますし、調理にどれだけ手間がかかるかもわかります。

 

素材の良さ、手間のかけ具合、店のしつらえ、立地でこの値付けになっているのね……ということが納得できるのです。(逆もまたしかり) 

 

 

さらに言えることとして、逆説的なんですが、自炊のほうが贅沢ができるということがあります。

 

人件費も場所代も自前だからタダ。

 

原価率を極限まで上げられるから、いい食材(高級食材という意味ではないですよ)も使えるし、ボリュームも出せます。

 

シーフードドリアを頼んでエビもホタテもちょろっとしか入っていなかった……ということはよくありますが、自炊ならエビもホタテも好きなだけ入れられます。(限界はありますが)

 

商売だと無理をしすぎたら倒産しますが、自炊でがんばりすぎて疲れても、せいぜい寝れば回復するレベルです。(がんばりすぎると続きませんがね)

 

そういう意味では、自炊っていいよな、と思うのです。

 

で、家庭料理です。

 

家庭料理を云々するときに気になるのは

「だれが作る前提で話をしてるのか」

ということです。

 

自分では作らないのに「やっぱり家庭料理がいちばん」と言っているとしたら、やはり違和感があります。

 

「家庭料理礼賛」は「母親礼賛」に簡単に転化する可能性があります。

礼賛しなくていいからキミも料理ぐらい作りたまえよ、と言いたくなりますよ。

 

 

外食で食事をまわしていくのは、いずれにしても田舎だと難しいですね。
そもそも外食できる場所がないし、あっても遠いですから。

 

東京に住んでいたときは「今日は外で食べよう!」カードが簡単に切れていましたが、こちらに移住して切れなくなりました。

 

行って帰っての手間を考えると、その間にごはんくらい炊けるわという結論になるのですよ。